【輝interview】歌舞伎俳優・尾上菊之助 「心で踊る」一心に未来見つめ
「歌舞伎のいいところは、僕たちがお客さまと一緒に成長していける演劇だということですね」。そう言って涼やかに笑った顔に清潔な色気が漂う。
透明感のある美貌(びぼう)と繊細な感性で、女方を中心に活躍中の花形役者。
父は人間国宝、尾上菊五郎、江戸歌舞伎の名門、音羽屋の跡取りとして生まれ、周囲の期待を一身に集めながら順調に成長してきた。
来月は大阪松竹座の「坂東玉三郎特別舞踊公演」に出演、「京鹿子娘二人道成寺」を玉三郎と踊る。
女方舞踊の最高峰といわれる「京鹿子娘道成寺」。「京鹿子娘二人道成寺」は玉三郎の考えで、新たな形を作り上げたもの。2人の白拍子花子(玉三郎、菊之 助)が登場し、ときにユニゾンとなり、ときに合わせ鏡のように、そしてときには一人ずつパートごとに踊り分けながら、光と影、陰と陽のように女の二面性を 踊る。玉三郎と菊之助が2人同じ振りで踊ると、うっとりするほど美しく華やかな中に鐘に恨みを持つ女の情念がのぞいて、ハッとしたものである。
「玉三郎のお兄さんのおかげで踊りの掘り下げ方を勉強させていただきました。踊りって当て振りの部分もあれば、言葉がない分飛躍するところもある。でもなによりも心で踊らないと何も伝わらないことも改めて実感しました」
初演は平成16年の東京・歌舞伎座。その革新的な作品は大評判を呼んだ。
「でも僕自身はいっぱいいっぱいでした。玉三郎のお兄さんは『私はどうとでも受けてあげるから好きなように踊りなさい』とおっしゃってくださいましたが、 合わせなければとガチガチになっちゃって…」。2年後の再演では、新たに小鼓と演者の一騎打ちともいえる至難の乱拍子が加わった。「でも今度はお兄さんと どこかつながっているような感じを持つことができました。僕もこの間いろいろ経験しましたし…」と語るように、自身も深く花子を掘り下げ、精神的に自由に 踊ることができたのであろう。
そして今回が関西初上演。初演から4年。さらに市川海老蔵による押し戻しが入る。「この作品は進化し、深化するのでしょうね」ときっぱり。
時間ができると、ふらりと温泉に行く。北海道、伊豆、箱根…たった一人で気の向くまま旅をする。「ひとり温泉が好きなんですよ。いろんなものから開放され る。全然寂しくなんかないですよ」。海外も好きで、最近印象に残ったのは南米のペルー。ナスカの地上絵やマチュピチュの空中都市のスケールに圧倒された。
いずれは由緒ある菊五郎劇団を率いていかねばならない立場。いまは女方が多いが、やがて父・菊五郎が得意とする「め組の喧嘩」の鳶頭などのように、江戸の世話物の立役にも挑むのだろうか。目の前の蝋のように美しい若者からはいまはまだ想像もつかないが…。
「役で継承するのか、精神を継承するのか、考え方次第ではないでしょうか。内面から出るものを大切にして積み重ねていけば、おのずから役はついてくると思う」
その涼しい目は歌舞伎の未来を一心に見つめている。
文・亀岡典子
写真・瀧誠四郎
■私の宝物
「実は、以前お芝居のことでいろいろ迷うことがあって…」。そう言いながらそっと見せてくれたのが、クロコダイルの黒革の手帳。メモ帳の紙の部分はかなり 年季が入っているようだ。「迷いから抜け出せないときに本を読んで、ああいい言葉だなあと思ったり、先輩から素敵なお話をうかがったりしたときに、この手 帳に書き留めておいたのです」
旅行に行って、目にとまった風景やふと心に浮かんだことも書いていく。「悩んだときは、読み返すんです。そうするとまた勇気や希望がわいてくる」
でも最近は、書き留める機会が減ってきたという。「わざわざ書かなくても、言葉が心に残るようになったのかな。それに、前は漠然とした悩みだったのが、いまは自分の何がいけないのか明確にわかるようになったから」
ほっそりとした白い指先でめくられる手帳。それは菊之助の青春の証なのかもしれない。
【プロフィル】尾上菊之助
おのえ・きくのすけ 昭和52年8月1日、東京生まれ。尾上菊五郎の長男。母は女優の富司純子、姉は同じく寺島しのぶ。59年2月東京・歌舞伎座「絵本牛 若丸」で六代目尾上丑之助を名乗り初舞台。平成8年5月、歌舞伎座「白浪五人男」の弁天小僧ほかで五代目尾上菊之助を襲名。市川海老蔵(当時、市川新之 助)、尾上松緑(当時、尾上辰之助)とともに“三之助ブーム”を巻き起こした。平成17年度芸術選奨文部科学大臣賞新人賞など受賞多数。屋号は音羽屋。
坂東玉三郎と尾上菊之助が「京鹿子娘二人道成寺」を踊る「坂東玉三郎特別舞踊公演」は2月5日から26日まで大阪・道頓堀の大阪松竹座で。ほかに市川海老蔵、尾上右近らによる「連獅子」。問い合わせはチケットホン松竹TEL0570・000・489。